世界を救うために旅をしている勇者がいました。彼の持つ伝説の聖剣は、彼が殺した魔物の血でいつも真っ赤に染まっていました。
 ある日、一緒に旅をしている踊り子が勇者に尋ねました。
 どうしてそんなにたくさんの魔物を殺すのですか?
 勇者は答えました。
 だいすきなきみを魔物から守るためだよ。
 踊り子は次の日の朝、勇者の前から姿を消していました。突然のことに驚いた勇者は、必死に踊り子を探しました。
 山を越え、砂漠を横切り、湖を渡り、行き着く街で踊り子の名前を呼び、たくさんのひとびとに彼女の行方を尋ね、朝も夜も休まず探し続けました。
 そして探しながら、いつもよりたくさんの魔物を殺しました。たくさんの魔物を殺したので、聖剣はいつもよりも真っ赤に、ばらの花のように真っ赤に染まりました。
 聖剣が柄の部分まで真っ赤に染まり川の水で清めても元の輝きを取り戻さなくなった頃、勇者は最果ての街で踊り子を見つけました。
 勇者は踊り子に尋ねました。
 どうして急にいなくなったの?
 踊り子は答えました。
 魔物を殺すあなたを見たくなかったからです。
 とてもこわかった。
 とてもかなしかった。
 だけど、と、勇者は言いました。
 ぼくはただ、きみを守りたかったんだ。
 踊り子が勇者に言いました。
 わたしはわたしのために命をあやめるあなたを見たくはなかった。わたしが消えてしまったら、あなたは魔物を殺さなくてもよくなると思ったのに、どうしていまでもあなたは真っ赤なのですか?
 踊り子を探す旅は、勇者の持つ聖剣だけではなく、勇者自身をも魔物の血で赤く染めてしまっていました。
 きみがどこかで魔物に苦しめられたりしていないか、不安だったんだ。ぼくがたくさん魔物を殺せば、どこかにいるきみの危険も減るかもしれないと思った。ぼくはきみを守っているつもりだった。だから、たくさんの魔物を殺してきた。
 だけどいまわかったよ。
 きみを苦しめるのは魔物なんかじゃなくて、ぼくなんだね。
 勇者はそう言うと手に持っていた大きくて真っ赤な剣を、近くの岩にたたき付けました。
 こんなもの、いらない。
 ぼくは世界を救いたかった。それよりもきみを守りたかった。
 だけど世界を救うために、きみを苦しめることになるなら、ぼくは世界なんか救えなくていい。
 たたき付けられた真っ赤な剣は、ぱきりとふたつに折れました。
 ぼくは、ぼくが血に染まるのは全く構わない。だけど、きみが魔物の血で真っ赤に染まるのは、いやだ。
 握っていた聖剣だったものをごみのように投げ捨てて、勇者は踊り子に短く訊きました。
 どうして?
 踊り子は、答えました。
 きっと、わたしも、同じです。
 魔物の血で赤く染まった褐色の肌に、涙がひとつぶ零れました。
 あなたが魔物を殺す姿を見たくはなかった。だけど、あなたは世界を救う勇者なのでしょう?あなたは世界の平和のために命をあやめていたのでしょう?すこしでもあなたが血に染まることのないように、わたしも、剣をとったつもりでした。あなたのために。
 涙を流す踊り子に、勇者は真っ赤に染まった手を伸ばしました。きっと、剣を持ったままだったらこうやって手を伸ばすことも出来なかったんだろう、そう勇者は思いました。
 踊り子の手から真っ赤に染まったシミターが離れ、ふたつに折れた聖剣と重なってとても澄んだ奇麗な音がしました。
 それから、世界を救う勇者の姿を見たひとはいません。
 世界がどうなったのかもわかりません。
 だけどきっと、ふたりはしあわせになりました。
 物語はここでおわります。






(061003
ポケダイパの図書館においてある神話?に触発。とかいってみるさ。
ありがちな話で申し訳ない、いやいつものことですね。