きっとぼくらには未来などない。呪詛のように繰り返す耳を塞いでも流れ込む言葉。例えば未来というものは不確かであやふやなものだけれどそれは確かに存在すると仮定して、世の中には力や貧富に差があるようにやはり未来にも個個所有している量には差があるのだと思う。毎日未来の残量を消費し、代わりに明日を得て今日を過去にする。そうやってひとびとは日日を暮らしているんだ。未来が底を尽きたぼくらには明日と引き換えるものがないから明日はやってこなくて、今日は今日のままずっと存在しつづける。明日が訪れることのない今日をさ迷い続けて、辛うじて過去にできた変わることのない昨日を懐かしむ。過去が存在することのなかに未来が訪れる希望を見いだし、明日がやってくることだけを祈って瞼を閉じる。そして朝になって瞼を開けたときにそこにあるのが明日だった今日ではなく昨日になるはずだった今日であることに気がついて、慣れた風で反射的に失望し、そして、同時に安堵する。世界が救われる明日がやってこないのならぼくはこの救われない今日の世界のなかで救いの勇者になる必要もなくて、寧ろ前回の今日と今日は同じ今日であるんだからこのままなにも救えないままでいい、そのほうが正しい。明日がこないのなら、いつまでも世界を救えない自分にふがいなさを感じたり無力さに打たれることもない。きみを守れなかったぼくを呪うこともきみを守れなかったぼくを怨むこともきみを守れなかったぼくを殺すこともきみを守れなかったぼくはきみの代わりに死ぬこともきみの代わりに生きることもできないぼくはきみを守れずにこんなにきみをすきなのに守れなかったこんなにきみをあいしていたのにぼくはきみのかわりになれなくてそうぼくは守れなかったけれどきみがすきだ守れなかったけれどきみをあいしている。だから未来を持っていなくて明日がやってこないことなんか苦痛ではない。どうせ救いの勇者になんかなれやしないんだ。きみを守れなかったぼくに守れるものなんかひとつもない。そんな守れもしない世界のために無理矢理明日を迎えなくても、今日がいまとして存在するのならぼくはそれでいい。ここにいれば、いまが今日でありさえすれば、こうやってきみを抱きしめていることができる。きっと明日になればきみは消えてしまうんだ、ぼくがきみを守れなかったから。だからぼくはぼくの未来と明日とついでに過去を全部捨てて今日以外に道をなくしてこうやってずっときみを抱きしめていたい。呪詛のような言葉を浴びながら降ってくる水の粒に彼が涙を流していることに気がつく。あの涙を拭ってあげなければ、彼の目が赤くなってしまったらそれはとても痛痛しくて見ているこちらまで悲しくなってしまう。頬を伝う涙に触れようと手を伸ばして、ああ、わたしはもう首から下が無くなっていたのだと思い出す。今日は今日のまま彼は彼のまま、わたしは首のまま、また同じいまを繰り返す。ぼくはいつものようにきみを抱きしめる。



・ ・ ・



 人間は明日のために今日を生きるのか今日を生きたから明日がやってくるのかどちらが真理なのかといえばそれは結局のところどちらも正しくなどはないのだろう。明日というものは今日の延長でありつまり今日と明日は同じものだといえる。柄を今日として刃の先を明日と見立てたとしてもそれが剣というひとつの形をなしているように。今日を生き抜いて得られるものはまた今日であり明日のために生き抜くのはやはり明日なのだ。過去である昨日は来るべき明日の形をした今日。今日は昨日と同じ明日。明日は昨日であると同時に今日でもある。過ごす日日に違いなどない。きっとそうなのだろう。彼は日日を明日でも昨日でもなく今日として過ごすことを選んだ。少なくとも彼にとっては今日は昨日であり昨日は明日であり明日は今日なのだろう。すでに白骨と化した彼女の頭蓋をひたすらに抱きしめる彼の世界はこれからもこれまでも今日のままなのだろう。彼がそう望むのならいつまでも明日は訪れないのだろう。一日が終わりまた今日と同じ今日が巡ってくる。彼が望むかぎり。彼が望むかぎり彼女が最後に生きた日が巡るのだろう。
「王子。」
 今日もわたしの言葉は届かない。きっとまた彼に今日が巡ってきたのだ。





(060930
新幹線の中で充電切れの恐怖に怯えながら。上段がフェルで下段がイアらしいです。