冬のある日。夜空の帰り道。
 川原で立ち尽くして空を見上げるクラスメイトを見つけた。
「あ、蒼井。」
 立ち止まって土手の上からなにをしているのだろうと眺めていると、視線に気がつきでもしたのか彼はこちらを見上げてわたしを呼んだ。
「こんばんは、」
 同じように名前を呼ぼうと思ったけれど、ふと、このクラスメイトの名前を思い出せないことに気がついた。ああそうか、わたし彼の名前を呼んだ事がないんだわ。星ばかりを気にしていて、クラスメイトや担任教師はおろかいっそ人間という生き物に興味を示さない。なんて噂されている、彼。
 さくりと草を踏んで土手を下りる。思ったよりも勾配が急で、バランスを崩してしまいそう。息が上がった。彼が少し驚いたような顔をしてわたしの方へ歩いてくる。歩き難い土手を下り切ったと思ったところで、視界がぐるりと回った。
「蒼井、危ない、」
 転んでしまう、と思った瞬間にはもう、名前の思い出せないクラスメイトが差し出した腕に支えられていた。
「あ、ありがとう、」
 名前が出ない。
「どういたしまして。」
 彼の腕に支えられたまま、状態を立て直す。いつも星を見上げているその目は、わたしを見ていた。なんだか、変な感じ。
「あら、」
 体勢を立て直して彼の腕を離すときにふと、
「あなた、手が冷たいのね。」
 ふと触れた手が冷たくて、思わず呟いてしまった。
「意外だわ。」
 きょとん、と丸くした目を向けられる。
「なんで?」
「だって、」
 手が冷たい人は心が温かい他人に優しいひとって言うじゃない。人間に興味のないあなたの手は、それでも冷たいのね。
 だけど言葉は飲み込む。さすがに。
 空色のウインドブレーカーを着て、きょとんとしている彼になんと言って誤魔化そうかと、
「…ソラって、いつも厚着だから。」
 そんなことを思っていると、不意に名前が浮かんだ。言い訳は意味のない言葉にしかならない。
 よく空を見上げているから、ソラ。
「そうかなあ。でもそれって関係あるの?」
 不思議そうに自分の掌をみつめているソラ。
「蒼井は、」
 ソラはにっこりと笑って、
「手、あったかいね。」
 その笑顔にわたしは夜の星空の下で明るい朝日を思い浮かべた。




(060716改稿
手が冷たいひとは、暖かさが全部心に集まってるひと。
手が暖かいひとは、心の温かさが手まで伝わってるひと。