ぼくらはいつも空を見上げていた。
「ソラ、ソラ、ソラ、ソラ、ソラ。」
 星の数だけひとはいるって言うけれど、
「なに?」
 たくさんの星の中から選んだいくつかを線で結んで星座を描くように、
「んっと、呼んだけ。」
 たくさんの人間がいるこの世界で、きみがぼくの隣にいること、
「ソラ。」
 そのことに、意味があるのかとか、ないのかとか、
「なに?」
 そんなことを、考えた。
「んー、なんでもない。」
 ぼくはいつも空を見上げていた。
「なー、ソラ。」
 ぼくはいつも、空だけを見ていた。
「なに?」
「呼んだだけ。」
 空を見上げるぼくの横で、何度目か分からないくらいにショウくんに名前を呼ばれて、それと大体同じ数なんでもないと言われて、本当ならそろそろぼくはなんなんだよと怒ったり、どうしたのなにかあったのと訊いたりしてもいいのかもしれないなあと思ったのだけど、だけどぼくはそれを言わないで、それどころかぼくの横で体育座りをしているショウくんの方を見ようともしないで、ただ上を仰いで星空だけを見ていた。
「そっか。」
「うん。」
「そっか。」
「うん。」
 空に浮かんだ星を繋いで星座が描けるように、楽譜に乗ってる音符を繋いだら音楽が出来るように、
「そっかあ。」
 この言葉を繋いだら、なにか出来上がったりするのかなあ。
「うん。」
 ショウくんが、笑った。
 多分。
 ぼくは空を見上げたままだからショウくんを見てはいないけど、だけど見なくたって声を聞いたらショウくんが笑ってるのかとか怒ってるのかとか泣いてるのかとか、分かるよ。
 ショウくんは、笑った。
「なー、ソラ。」
 ショウくんはいつの間にかぼくのことを、ソラさん、と呼ばなくなった。
「なに?ショウくん。」
「なんでソラはずっと空ばっか見てられんの?」
「なんで、って?」
「え、ほら、飽きたりしねーの?」
 ショウくんはいつの間にかぼくと喋るときに、敬語を使わなくなった。
「飽きないよ。」
「ふうん。」
 よく分かんないなあ。そんな感じの声色でショウくんは、ふうん、と言った。
「よく分かんねーや。」
「そうかなあ。」
「うん。」
「ショウくんが、」
 空を見上げたまま目を瞑ると、
「ずっとバスケ続けてるのと、一緒だよ、」
 二時限目を抜け出して保健室に行く途中に見た、ショウくんの姿が目に浮かんだ。
「多分、」
 風通しをよくするためにあけられた体育館の扉の間から見えた、ショウくんの姿。
「たぶん。」
 バスケのことは分からないけど、ぴんと伸びた姿勢が奇麗で、手から離れてゴールに向かって弧を描くボールの軌道が、虹みたいだと思った。
「そっか。」
「うん。」
「そっか。」
「うん。」
 目を開けると、虹の変わりに、星空が見えた。
「そっか。そっか。」
 満足そうなショウくんの声。
「うん。」
 ぼくもその声を聞いて、なんとなく、満たされた感じがした。
「なら、分かった。」
 ショウくんが、立ち上がる気配。
 つられてぼくは、隣を見る。
「すきだってことだろ。」
 にこりとショウくんは笑った。
「つまり、ベリィイージー、とっても簡単。」
 変な英語。思わず、笑った。
「笑うなよ。」
 いくら手を伸ばしても届くことのない星を見上げ続けるぼくと、
「ごめん、ごめん。」
 必死に伸ばしているのに手が届かないと言っていたショウくん。
 彼を追いかけるショウくんの姿がぼくの目には少し不思議なものに映るように、ショウくんの目には星を見上げるぼくの姿は不可解なものに映ってるんだと思っていた。
 本当は、どうなんだろう。
 すこし、きになる。
「ショウくん、」
「なに?」
 星空を見上げた。
「なんでもない。」
 いつものように、ぼくは空を見上げた。
「じゃあ呼ぶなよー。」
 横目で見たら、ショウくんも、空を見上げていた。
「呼んでみたかっただけ。」
 ぼくらはいつもこうやって星空を見上げてた。
 ぼくの目には線で繋がれた神話の物語が映っているけど、
「ショウくん、」
 ショウくんの目には、なにが見えてるんだろう。
「また、明日。」
 すこしだけ、きになった。
「うん、ソラ、おやすみ、またな。」
 ほんのすこしだけ。
 目を瞑ると、虹が見えた。



(060702
ぼくらはつながらない。
ゆめもきぼうもみらいもかこもおんがくだってぼくらをつなげない。
だからぼくらはこうやっていっしょにならんでそらをみてる。