【心に誓いを】5のお題 |
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 1.奪った命を背負う覚悟はありますか わたしは彼の全てを奪った。 父親、母親、妹、国、国民、家臣、仲間、過去、未来、全て。 この腕で、切り捨てた。 ばさ、と、 「今日はいい天気だね。」 幌が風を受ける音がする。 海賊船の甲板の上で、空を見上げながら眩しそうに目を細め、彼は言った。 「はい。」 「本当、いい天気だ。」 「はい。」 「戦いたくなんか、なくなるなあ。」 紋章の刻印された、小さなペンダント。半ば黒く焼け焦げたそれは、彼の胸元に下がり、必死に太陽の光を反射している。 「それにしても、暑いね。天気がいいのはいいけど、暑すぎるなあ。」 冬になると氷の膜を貼る湖のほとりに位置する国の生まれである彼は、暑さには弱いのかもしれない。感情が昂ぶると直ぐに赤くなる頬や剣を握るその腕は、オアシスの砂のように白い。 船の上は海面が反射した熱を一身に受け止めていて、海面が彼の肌よりも白く見える。熱帯の国に向かおうというのだから仕方がないのかもしれないが、それにしてもまだ湿気た風が流れてこないことに救いを感じた。 「シャムは、暑いの大丈夫?」 「わたしは砂漠の国の生まれですから。」 「そうか。そうだったね。」 一瞬だけ、彼は表情を曇らせた。しかし、直ぐに笑顔を浮かべなおす。 「ミカエラが自分の個室を氷付けにして涼んでるらしいんだ。シャムもどうかなと思ったんだけど、」 ミカエラと言うのはこの船の雇われ魔術師で、本人の弁によればデリケートだから環境の変化に弱いのだそうだ。そういえば彼女は雪国へ行ったとき、常に淡く炎を纏っていてそれでは近寄れないと船のキャプテンを閉口させていたが、どうやら暑さにも弱いらしい。 「大丈夫なら、よかった。」 なにも知らない彼は、そういって笑う。海風に、彼の細い金髪が流れた。 彼はなにも知らない。わたしが彼の国を滅ぼした、言わば仇の国の姫であること。全てを奪ったのは、わたしだということ。 「おれは、ちょっと、暑いのは苦手。」 そう情けなさそうに言う彼の胸で海風を受けているのは、焼け焦げたペンダント。わたしの国が滅ぼした、彼の国。城内で焼け死んだ、たくさんのひと。彼の、ちいさな、妹。唯一遺ったそれを、彼はひとときもその身から離そうとはしない。この焼けるような太陽の下、彼は誰を思って水平線を見詰めているのだろうか。わたしはなにを思って、彼を見ているのだろうか。 「でも暑いのに慣れておかないと、砂漠とか行けないもんな。」 よし、となにかを決意したように小さく言う。 「もうちょっと、ここにいよう。」 出会ったときの彼はひとりきりだった。両親を、妹を、国を、焼き払われ、奪われ、ひとりきりになった。こうやって船に乗り、キャプテンと語らい、魔術師と小競り合いを起こし、わたしに微笑みかける彼は、いまでもひとりきりなのだろうか。わたしには問いかける資格はない。 「シャムは、」 「わたしももう暫らく、ここにいようと思います。」 「…うん。」 嬉しそうな笑顔から、目を反らさずにはいられなかった。あなたはわたしなんかに微笑みかけてはいけないのに、わたしにはそんな資格はないのに。わたしはあなたから全てを奪ったというのに。 望むのならばいくらでも傍にいます。 それが贖罪になるのなら。 わたしが奪ったひとびとの変わりになれないのは、分かっているけれど。 (覚悟はあった。だけど彼に出会って、それは呆れるほど簡単に、崩れた。) (060702*贖罪を楯にするな。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 2.心の剣が曲がってしまわないように 3.大地が赤い悲しみを飲み込んでも 4.この手はきっと誰かを救うために 5.君と帰りたい場所があるから |
お題配布元さま:starry-tales |