つまりこの宇宙と言う広い広い世界から見た狭い銀河の太陽系に住むぼくらは人間と言う種族であるという前に宇宙人であると言えるんだよ。
 ノンブレスで、だけどゆっくりゆったりそう言って、
「ソラさん、」
 ソラさん(たぶん年上だから、さん付け。)は、また望遠鏡に顔をくっつけてしまった。
「それって、ヘリクツ。」
 ソラさんと初めて会ったのは確か一ヶ月くらい前。おれはいっつも早朝トレーニングとして河川敷を走ってるんだけど、その時に会った。なにかで頭をぶつけたらしくて、白目剥いてぶっ倒れてた。白目剥いてるひとが珍しくて「大丈夫ですか、」なんて声をかけつつ顔を覗き込んだおれと、おれの気配に気がついて飛び起きたソラさんの頭がぶつかって、お互い(ソラさんは再び)ぶっ倒れたっていうのは、多分時間が早朝だったから誰も見てなくてばれてないと思う。思いたいなあ。
 ソラさんはとっても面白いひとで…じゃないなちょっと違うなあ、そうだ、ソラさんはとっても変なひとで(うん、やっぱこれだ)、自分のことを宇宙人だって言う。(「だって宇宙人って、頭がさ、こう、ながーくて、んで、目がトンボみたいで、捕まった宇宙人の絵みたいなやつだろ?」「グレイタイプだけが宇宙人じゃないよ。」「じゃあ、タコみたいなやつとか。」「マルデタコー。」「???」)
 と言うわけで(どういうわけかはさておいて)ソラさんは結構変なひとだ。
「宇宙に理屈なんて必要ないんだよ。宇宙にあるのは、神秘、ただこれだけさ。」
 結構と言うかもう、とにかく変なひとだ。
 いつも早朝トレーニングの時間に河川敷で会うんだけど、やっぱりこれって夜を徹して星を見てるってことなのかなあ。夏になったりするとそうでもないけど、まだそんなに朝日が出るのは早い時間じゃないから、ソラさんと会うのはいつも暗い時間だ。そして(はじめて会ったときを抜きにして)いっつもおれが見つけるソラさんは、川の対岸側に向けた望遠鏡を覗いてる後姿だった。
「ところで、なんでそんなにいっつも同じ方向ばっか覗いてんの?」
 母星がある方向とか言い出したらどうしよう。ちょっと不安になったけど気になったから訊いてみた。
「いつも同じ方向じゃないよ。」
「えー、いつも一緒じゃん。」
「一日に一度、ずらしてる。」
 対岸に向けた望遠鏡を覗いたまま、当たり前じゃないか、みたいな口調で答えられてしまった。
「星を見つけたいんだ。」
「星なんて、それこそ星の数あるじゃん。」
「そうだね。そうだけど。」
「もしかして、あれ、星見つけて、名前とか付けたいの?」
 そんな話を聞いたような気がする。彗星っていうんだっけ?
 ソラさんは、ちょっと望遠鏡から顔を離して(だけどおれの方へは振り返らないで)、首を振った。
 違うよ。そうゆっくりゆったり言ういつもの声が、なんだか遠くに聞こえる。
「ショウくんは、」
 地球にも宇宙人は紛れているんだよ。地球人の生活の実態を調べてるんだ。そしてその調査を終えた宇宙人は、人間の肉体の死をもって、自分の星への帰路へつくんだって。そう話してくれたのは誰だったっけ、昔のことすぎて、よく覚えていないや。
「ひとは死んだら星になるんだって言うの、いまでも信じてる?」
 そう言ってすぐ望遠鏡を覗きだすソラさんの背中は、だからだよ、そう言っているように見えた。
 ああそういえばおれ、暫らくソラさんの顔、見てないや。
 そういえばおれ、あれから一回もソラさんの目、見てないや。
「ぼくはね、信じてる。」
 元気にしているかな。
 ソラさんはそう、ちっさく呟いた。





060531