俺たちはいつでも二人でひとつだった。テレビからそんなフレーズが聴こえてきて、なんとなく癪に障ったから電源からテレビを切った。そうですかふたりでひとつですか離れないんですかはいはい幸せですねよかったですね。テレビを消すと、耳に届くのは台所で換気扇が回る音だけになる。静かだと思った。それが満足なのか不満なのかよく分からないまま、おれは台所に戻った。テレビは消えたまま。静かだともう一度思った。
 どこかがたでもきているのか、たまに不安な音を立てる換気扇の下に戻って包丁を手に取る。対峙したまな板の上には半分に切ったたまねぎ。オニオンスープを作ろうと思って、さあこれから切ってやろうというところだった、テレビを消しに行く前。今日の晩飯はエビフライ。最近よく作るから、衣の付け方も大分上手くなった。さくりとたまねぎに包丁を入れながら、なんとなくさっき買ってきたばかりの海老が海で泳いでいた姿とかを想像してみた。大海原を自由に泳いで、最後は鯨に食われて終わった。たまねぎを切ったとき特有の刺激に、少しだけ泣きそうになった。
 一昨日の晩飯もエビフライだった。実を言うと毎日食っても飽きないくらい(多分飽きるけど)エビフライがすきだ、好物ってやつ。スーパーで海老が安くなってるのを見つけて、もちろん買って帰って、その日の晩飯にした。段段ふたり分の食事を作るのにもなれて余りも出ないようになってきて、おれってすげえなあとか訳の分かんないことを思いながら作ったふたり分のエビフライは、結局おれひとりの腹に消えた。旨かったけど、食いすぎだと思った。次の日、つまり昨日も晩飯はエビフライだった。帰ってこなかったあいつが悪いんだしこういうのを自業自得だって言うんだろうけど、おれだけ食ったとか訳の分からないことで責められるのは真っ平だったし。だけど結局昨日の晩もおれはふたり分エビフライを食った。腹が調子悪いのは多分そのせいだ、連日揚げ物食いすぎだろ。たまねぎの半分を切り終わったとき、痛みと涙で右目の視界が歪んでた。たまねぎは強い。
 だから、今日もエビフライだ。あとオニオンスープ。
 今日もふたり分食う羽目になったらどうしようかとちょっと思った。
 海老ももう特売やってなかったからそうそう買ってこれるわけじゃないし。
 あと残り四分の一くらいになったとき、左目の視界も歪んだ。人類はたまねぎに勝てない。
 一旦包丁を置いてから手を洗って、目を拭う。目蓋が重かった。
 今日も帰ってこなかったらどうしようかなあ。
 たまねぎを切り終わってから思った。
 もしかしてもうかえってこねえのかな。
 三日目にして始めてそう思った。
 もしかしてほんとうははじめからいなかったのかな。
 はじめて、そんなことを思った。
「なに、泣いてるの?」
 人類はたまねぎに負けたんだよ。
「ねえ、今日の晩御飯、なにー?」
「エビフライ。」
「やった。」
 振り返ると、いつもみたいににこにこ笑ってるんだろう顔が、歪んだ視界に見えた。
「泣くほど、寂しかった?」
「…たまねぎ切ってた。」
 ぼろが出ないうちに背中を向けてたまねぎに向き直る。
「早く、エビフライ食べたい、急いでよ。」
 タルタルじゃなきゃいやでございますよ、と変な言葉使いで庶民臭い注文を付け加えながら、ソファに座ってリモコンを探してるのが視界の隅に見えた。なんで主電源から切れてるのかと文句を垂れている。
「ねえ、さっきなんで泣いてたの?」
「だから、たまねぎ切ってたんだって。」
「ふうん。」
 もう切り終わったから、大丈夫。
「ただいま。ぼくは、寂しかったよ、」





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(無題)
20060202