おわりのない

 世界と書いてセカイ。
「きみにとって世界の終わりは、なに?」
 窓の外は雨が降っていた。
「…地球が爆発したら、とか?」
 部屋の中は少し寒かった。
「ふうん、そんなのなんだ、つまんないの。」
 返ってきた言葉は詰まらなそうだった。
「じゃあ、お前の世界の終わりはなんなんだよ。」
 訊いた。
「ぼくの世界の終わりは、きみの世界が終わった次の瞬間。」
 にこり。と。
「じゃあ、」
 窓の外は雨。
「おれの世界の終わりは、」
 部屋の中は少し寒い。
「お前の世界が終わった次の瞬間。」
 繋いだ手は少し冷たくて、
「うん。だから、」
 触れた唇は温かい。
「ぼくらの世界は終わらない。」
(20051129



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きみとぼくのせかいふたつ

 ぼくの手は彼の手で、彼の足はぼくの足。
 彼の目はぼくの目で、ぼくの口は彼の口。
 考えること、思うこと、重ならない言葉で会話を交わす。
 ぼくは彼で、彼はぼく。
 近すぎるくらい近く、ひとつの体の中にぼくたちはふたり。
 こんなに近くにいるのに。世界中の誰よりもぼくは彼の近くにいるというのに。
 彼の顔を見ることも、叶わない。
 近付きすぎた代償、触れ合うことの他は手に入れているというのに。
 どうしようもないくらいに彼はぼくのもので、ぼくは彼のものだと言うのに。
 世界は理不尽に満ちている。
(20051202



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うんめいのあかいいろ

 只赤い色がぼくたちを繋ぐのだといっそ愚かな思考の元に今日も誰でもない誰かを求めて夜の道を歩く彼の姿は笑えないほどに滑稽でその背中を眺めてああどうやって止めたものかどうして止めなければならないのかと考えても考えても寒空に吐く息が白くなるのが当たり前のように思考は白濁してなにも分からないし多分分からないのは彼も同じなんだろうと投げやりに思ってだったら別に止める必要も止まる必要もないのかもしれないだってこれで彼が安堵を得て幸せだと感じることが出来るのならそれはぼくにとっても全く本望で望むところなのだからぼくたちふたりの幸福の前に高高誰でもない誰かひとりくらい別にこの際どうでもと莫迦のように愚かな考えが過ぎってなんだかすこしだけ悲しく感じられたけれど涙は出なくて代わりに渇いた咽喉から可笑しな笑い声が出てきて前を歩く彼を振り返らせてしまったのだけれどその表情が余りにも安穏としているものだからああこれでいいんだと思った思ってしまったどうしようもないくらいに完結した目の前には正に血の色をした赤い花。
(20051205



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 朝起きるとニュースを見ながらきみが朝食をとってるきみがいた。
 テレビでは地方局の女性キャスターが全国区でしどろもどろに喋っていた。
 きみはラピュタで見たみたいにして美味しそうにパンと目玉焼きを食べていた。
 埒の明かない女性キャスターに代わって全国区の有名な男性アナウンサーが映像をスタジオに戻した。
 ぼくは炬燵に足を入れて用意されていたトーストにバターを塗った。
 テレビの中のモニターのなかで事件が起こっていた。
 ぼくはきみの隣に座ってテレビの向こうに映っている見慣れた町並みを眺めた。
 アナウンサーは殺人事件だと三回くらい言って通り魔だと四回言った。
 ぼくは昨日の夜を思い出した。
 きみは黙黙と目玉焼きを載せたパンを食べていた。
 炬燵の上には赤い林檎が置いてあった。
 テレビの向こうのモニターのバックは赤かった。
 ぼくはもう一度昨日の夜を思い出した。
 ぼくはなにも言わなかった。
 きみもなにも言わなかった。
 ただテレビだけが五月蝿かった。
(20051209



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 いま自分がなにをしたいのかより、いま自分になにが出来るのかを考えろと言われた。
 いま自分になにが出来るのかを考えるより、いま自分がなにをすべきなのかを考えろと言われた。
 そうして考えたら行動しろ、実行しろと言われた。考えるだけ考えて行動を起こさないのは全くもって無駄な行為で無駄な脳の使い方なのだとテレビの向こうでどこかの教師が淡淡と喋っている。
 いまぼくがしたいことと、いまぼくが出来ることと、いまぼくがしなければいけないことを考えた結果だったら、どんな行為も正当化されるのかなあ、このちょっと髪の薄いどこかの教員もそれなら仕方がないって言ってくれるのかなあ。
 なんかちょっと背中を押された気分になって、きみの帰りを待つ。さて、帰ってきたらどうしようかな、やるべきことってあれでもいいかなあ。いやそうな顔をされるだろうなあ、えへへ、楽しみ、愉しみ。
(20060103



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 しあわせになりたい。
 なれればいーな。
 しあわせになりたい。
 …なれば?
 だから、離さないよ。
 わけ分かんねー。
(20060106



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 テレビは最近新しいアルバムを出したという女性アーティストのPV特集を映していた。ぼくたちはなんだかよくわからない昼食らしいもの(つよしは意外と味音痴だ)をつついていた。胡椒かけすぎててなんかやだこれ。
「いい声。」
 テレビを見ながらつよしが言う。皿はもう空だった。
「なんかこー、ぐっとくるなー。心に響く、つか。」
 うんうんとテレビに向かって頷いている。ぼくは多少の義務感でスプーンで掬っていたものを口に運ぶ。おざなりに租借して、飲み込む。ごくり。
「ねえ、」
「なに?」
 テレビからは、つよしの心に響く甘い声。
「ぼくの声は、きみの心に届く?」
 つよしはぼくを振り返って、少し、目を丸くした。テレビから伸びのいい高音が聴こえてくる。ぼくはつよしを見ないで昼食の皿に向かった。
 暫くしてからつよしが言った。
「それ、うまい?」
 つよしはテレビを見ていて、ぼくは胡椒の粒を噛んで少しむせた。
(20060106



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(200511-200601